Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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努力の真の意味とは何か

突然ですがみなさん、「努力ってなんのためにするの?」と訊かれたら何と答えるでしょうか。

まあ大概は「上手になるため」とか「目標に到達するため」と答えるでしょう。当たり前と言えば当たり前のことなので、これをずっと世の大人たちから言いつけられてきました。

 

しかし、努力すれば上手くなれるかといっても限界がありますし、努力したって目標に届かないことなんてざらにあります。むしろそっちの方が多いです。

 

真面目に熱心に取り組んでいたのにそこそこしかうまくならない。なのになんでいつもサボっているようなあいつが試合で活躍しているんだろう。僕の学生時代はずっとそう思ってました。

努力すればうまくなる。努力すれば必ず結果は見えてくる。そういう大人の言い分を信じてきたけれどそれが真実だとは思ったことはありません。努力しないなら成長はないのは確かだけれど、それでも結局世の中結局才能なんだ、と感じてきました。

「僕のような人間でもプロになれたんだ。だからみんなも諦めなければ必ずいい結果になるよ」。そういって努力の意味を語る人は多いけれども正直反吐が出ます。努力すれば必ず夢は叶うなんて言う人は、当たり前ですが夢が叶った人なんです。実際は夢は叶わない方が多いんです。そんなこと分かっているはずなのに「僕でもできたからみんなできるさ」とどうして言えるのでしょうか。

できる人はできない人の気持ちなんてどうせわからないんです。こういう「できる人」の言う事を忠実に守っても、できないものはできないのが実態です。

正直みなさんそういうことは重々承知で、割り切れないまま努力してきたのではないでしょうか。「努力はうまくなるため、夢を叶えるため、そう言われてきた。でも、本当に努力はそのためにあるのだろうか。確かにそれも一つだろうし努力しないと成長はない。それは分かるけど・・・」というもどかしい思いを持つ人は少なくないのかなと思います。

 

では、努力の真の意味とは何なのか。

それは「かっこよくなるため」だと僕は思っています。自分の経験上そういう結論に至りました。

最初はちっとも勉強できなくて赤点を取ってばかりだった。でも頑張って勉強した結果志望校に合格した。そんな人ってかっこいいと思いませんか?たとえ合格できなかったとしても頑張っていた姿を見たあなたにはその人がキラキラして見えませんか?

頑張っている人はみんなかっこいいんです

努力している人の姿というのは見ている人の心をつかみます。高校野球に感動するのはすごい実力を見たからではなく、勝とうとして必死になっているその姿が心に響くからです。

これは才能があるなし関係なく努力している人全員に言えます。たとえ上手くならなくても、夢に届かなかったとしても、努力してきた人はそれだけでかっこいいんです

これが努力の最大の意味だと僕は思っています。誰でもどんな人でも努力すれば絶対今よりもかっこいい自分になれます。

 

かっこいい自分になるため。みなさん一緒に努力していきませんか?

 

 

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