Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

悪い子ちゃんでいたかった

僕は小さいころからずっといい子ちゃんでした。別に親が暴力振るうとか学校が荒れてたとかではないのですが、宿題はきちんと出すし、制服は着崩さず切るし、遅刻とかサボりはしないし、学校帰りにカラオケには行かなかったです。

傍から見たら僕は近所のおばちゃんに「この子はホントに聞き分けの良い偉い子に育ったわねー」なんて言われる優等生でした。

 

でも、良い子ほど充実した日々を送れるかと言うと、どうもそういうわけではないようです。むしろ自由奔放な厄介者の方が楽しそうだなと思ってしまいます。

宿題なんて放っぽって校則では禁止されているカラオケに行ったり、休み時間はぎゃあぎゃあ騒いで授業はグースカ寝ていたり、放課後の掃除をさぼって彼女とデートに行ったり、そういう人達が卒業式ではわんわん泣いていました。本気で高校生活楽しかったんだなと感じました。

かくいう僕は正直、高校で面白かったことは?と聞かれてもあまり出てきません。ちょっと考えたんですけどホントにちっともさっぱりめぼしいものが思い浮かびません。(哀しいな。)卒業式でも泣いてなかったはずですし。部活と勉強しかしてこなかったような気がします。

 

真面目な人は社会からは快く受け入れられるでしょう。しかし社会から受け入れられることと充実することはどうやら別物のようです。

 

自由奔放なやんちゃ坊主を振り返ってみると、彼らは校則にこそ抗ってはいるものの人として破ってはいけないルールは守っているようでした。

教室ではうるさい彼らですがバスの中ではきちんとおとなしくしている。教室では下品な言葉が飛び交うようなグループでも、みんなでご飯を食べに行ったときは揃って「ありがとう」と言って店を出る。

絶対にやってはいけないことと言うものとしっかり区別を付けながらやんちゃしていたように思います。

 

自分を取り巻く環境に反抗しながら最低限身に付けるべきところは身に付ける。言い方はおかしいが、守るべき規則と守らなくていい規則を自分の中で分別して自分の信条と照らし合わせてうまいこと自分のしたいことをしていく。それが思春期の時期に自然と学ばれることなのかなあと思います。また、そうした人が一番青春を謳歌できるのではないかなと感じています。

(校則を破るなんて規則は規則。守らないのは言語道断。というごもっともな意見についてはまた考えるとします。)

 

真面目な人の生き方を否定するわけでも校則を守らないことを推進するわけでもありません。ただ、規則を守らなくても充実しているならせっかくの思春期、少しくらい周りに抗って奔放に過ごせばよかったなあと思います。

生まれ変わったら悪い子ちゃんになってやる。