Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

自分は周りから、見られているし見られていない

僕らは「周りの目」ってのをひどく気にしますね。

 

ここに道を歩いていて何もないところで躓いたとき、「やばい、今の見られた!?どうしよう。」と変に勘繰っちゃう人がいます。

でもそれは自分がそれを見ている第三者の立場だったら?特に気にしないでしょう。「あ、転んだな。」くらいにしか思わない。そんなことは容易に想像できるのにいざ自分が転んだ本人だと「うわー、ダセー、とか思われたらどうしよー」と過剰に気にすします。

 

一言言います。「あなたが思っているほど周囲の人はあなたのことなんて見ていません。」だからそんなことは全然気にしなくて良いんです。

 

ここに「母ちゃんはいつも弟にばっかりかまっていて、俺のことなんてちっとも気にしていない」と嘆いている少年がいます。

でも母ちゃんはいつもご飯作ってくれるし、洗濯物畳んでくれるし、家に帰ったら「おかえり」って言ってくれるでしょう?弟の方にすごく手がかかってしまって同じように自分にも接するような余裕はないことくらい想像できるでしょう。

 

一言言います。「あなたが思っているほど周囲の人はあなたのことを見ています。」だからあなたは悲観的になることはなく、自信持っていいんです。

 

なんか一見矛盾した二つの例を挙げましたが、結局はどちらも真理であると思います。

 

人は自分が思ってる以上に周りから、見られてないし見られている、気付かれていないし気付かれている、好かれてないし好かれている、想われていないし想われている。

 

落ち込んだり恥ずかしくなったり自信をなくしたりしたときには「自分が気にするほど事態は深刻ではない」と思えばいい。逆に、思い上がったりいい気になったり舞い上がったりしたときは「自分は思ってるほど完璧ではない」と気を引き締める必要がある。

 

人はつい極端に物事を考えがちです。ちょっと冷静になってみるとそこまで極端に偏った自分はいないことが気付くのではないでしょうか。

 

世界は思ってる以上に大したものであり、世界は思ってる以上に大したことないものである。