Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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「人」という字から考える「迷惑」について

「人」という字は人と人とが支えあった様子を描いた文字なんだよ。だから、僕らはお互いに手を取り助け合って生きていくものなんだ。君が困っているときは誰かが助けてくれるから、誰かが困っているときは君が助けてあげなきゃいけないよ。そうやって、僕らは真の「人」になっていくんだよ。

 

なるほど、人と人とは支えあっていくものなのか。確かに大事だよなあ。ん、でも待ってください。そもそも「人」って字は人と人とが支えあっているでしょうか?

 

よく見ると「人」って字は明らかに一画目の左払いが二画目の右払いに寄りかかってませんか?支え合うどころか完全に片方に身を任せているじゃないですか。

なるほど。という事は「人」という字が教えてくれるのは「人は他人に依存して生きている」という事なのですね。

 

日本では迷惑について「人に迷惑をかけないようにしなさい」と教えられますが、インドでは「人は迷惑をかけて生きるものだから、人様の迷惑も許してあげなさい」と教えられるそうです。これにはすごく共感しました。人は迷惑かけて生きるのが当たり前なんだって。

 

人は誰かがいないと生きていけない。誰かに迷惑をかけないと生きていけない。そんなことはわかっている。それなのに、迷惑をかけまいと必死に変な気を遣う。それなのに、他人に頼ることはカッコ悪いことだと思っている。

そんな人多くありませんか。

 

自分の行いが迷惑じゃないか常々気を配っている人は、おそらく他人の行動を迷惑だと感じるハードルが低いのではないでしょうか。背が高い男の子が私の前に立ってる、とかちょっとしたことでも「迷惑だ」と感じてはいませんか。些細なことに逐一「迷惑だ」と思っていると、段々と他人の迷惑を許せなくなります。そしてそんな自分を見て「他人のような迷惑な自分」にはなりたくないとますます臆病になってしまいます。

 

迷惑をかけたら嫌われると思い込んでしまいがちですがそれは逆で、迷惑はかけないと嫌われるものです。迷惑をかけまいと気を遣う人は傍から見れば単なるご機嫌取りです。そんな人と仲良くなろうとは思いませんし、そんな人を支えてあげようとは思いません。そんな疑いの目で見られても困ります。

 

誰かに迷惑をかけないか心配。そんな人は迷惑は嬉しいものであることに気付いていません。迷惑は信頼しているからこそかけるものです。迷惑をかけまいとするということは「私はあなたのことを信頼していませんから」と言っているようなものです。

 

自分が誰かのことを好きだと思うなら、とことんその人には迷惑をかければいいんです。そしてその人の迷惑もおおらかに受け止めてあげる。そうしてお互いに迷惑をかけあい、一緒に乗り越えていく。

それが私たちが「人」として生きていくと言う事ではないでしょうか。

 

「人」という字の一画目のように、体のすべてを相手に預けることができる。そんな相手に出会えたら幸せだと思います。