Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

別れてから初めて気づく大切さ

大切なものは失って初めてその大切さに気付く。こういう場面軽く想像できますよね。

ずっと仲良くしていた幼馴染みが転校していって、いつもの帰り道がどれだけ楽しかったか身に染みて感じる。

番犬として買っていた犬が死んだとき、こいつは紛れもない家族の一員だったと振り返る。

 

こんな時思うのは「なんであのとき~してやらなかったんだ」「もっとこうすればよかった」という後悔です。

 

なんであの時「ごめん」って一言言えなかったんだろう。

こんなことならもっと可愛がってあげればよかった。

 

失ってから後悔するというのはちょっと考えればわかるはずなのに人はなぜ失う前にそれをしようと思わないのでしょう。なぜ失ってから初めて大切さに気付くのでしょう。

 

それは、失うのが怖いからといって別れの事実を見て見ぬフリするからであるという気がします。失うことなんて考えたくない!と本能的に別れという概念を抹消しているのではないかと思います。

 

誰しも愛する人を失うことは非常に辛く哀しいものです。でも失うことを前提に毎日愛する人と過ごすのはこれもまた辛いです。大切な人と過ごしているのに頭に別れのことばかり浮かんでいるのは哀しいです。だからこそ、私たちは今ある関係が永遠に続くと思い込むのだろうと思います。逆にそう思い込むことでしか、目の前の幸せをそのまま感じることはできないのだろうと思います。

 

後悔しないように、と別れもしないのに「離れる前に色々やっておきたいから」と言って相手に優しくすることは、目の前の幸せをありのままに受け止めきれていない証拠。

 

失ってから大切さに気付くという事は、それだけ夢中になれる相手であったということ。別れてから後悔するということは、それだけこの関係を続けたいと思っていたということ。その後悔は誇っていいと思います。

 

別れの時に「私は後悔するようなことなんてないくらい精一杯あなたとの日々を楽しんできたわ」と自信たっぷりに言えるならそれは本望というか理想であると思います。しかし、そうでなくても相手との日々を後悔したならば、それはそれでその時は自分なりに精一杯に充実した日々を過ごしていたと言えると思います。

 

大切な人にしてあげることなんていくらでもあります。大切になればなるほどしてあげたいことはどんどん増えていきます。してあげたいことの数は当然後悔の大きさに比例します。

という事は、後悔の大きさはその人がどれだけ自分にとって大切かを表しているのです。

 

結論は当たり前だと思うかもしれませんが、僕が言いたいことは、別れの後に後悔をしたときは、「なんであのとき~」と嘆き悔やむのではなく「自分はこんなにも楽しい日々を過ごさせてもらっていたんだ。ありがとう。」と幸せを噛み締めることが大事であるという事です。

 

後悔をしたならば、自分を責めるのじゃなくむしろ称えてやる。「よかったな。お前は幸せもんだ」と自分自身に言い聞かせる。そうやって僕らは別れを乗り越えて前に進んでいけばと思います。