Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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「信頼」は「確信」があってこそ

昨日は「信じる」こと、すなわち「信用」について書きましたが、今日は「信頼」について書きます。

 

「信用」と「信頼」は似たような言葉ですがまるっきり別です。「信頼」とは文字通り「信じて頼ること」。すなわち、信用があってその上に信頼があるということです。

 

僕の好きな電子小説にこんなセリフがあります。

「信頼とは99%の『確信』と1%の『期待』です。確信がなければ、僕は簡単に信頼なんて言葉を口にしたりしませんよ。」

これを聞いてまさに信頼とはこのことだと思いました。

 

信頼とはただ相手を信じるだけでなく、そこに「委ねる、任せる」といった要素が加わります。つまり「相手の行動」をも信じるという事です。「信用」とは相手のことを断言することですが、「信頼」は相手と相手の行為を断言すること、という違いがあります。

取り上げたセリフは実に上手くその核心をついていると思います。

確信とは、今現在自分が知っていることや自分が目の前にしていることについて信じるときには用いません。それは単なる「当たり前」です。自分の目の前で起こっていないことについて信じるときに「確信」と言う言葉は使われます。「信頼」も自分の知らないところでの相手のとる行動についてするものです。ゆえに信頼≒確信です。どこが≒たる所以かと言うと、「信頼」は相手を信じるだけでなく、相手に寄り添うと言う意味も包含しているところにあります。相手に委ねたり、任せたり、頼ったりと「自分はあなたの行う振る舞いについて全面的に信用していますよ」という気持ちを相手に投げかけてあげる。それで初めて相手を「信頼」したことになります。先ほどのセリフはそのことを「1%の期待」とうまく表現しています。

 

長男のフルマラソンを応援している家族が、なかなかゴールに姿を見せないとき「大丈夫かしら。途中でリタイアしたりしてるんじゃないかしら。」と心配する。

その時点で信頼という言葉の意味はなくなります。信頼とはそんなことで折れるようなことはありません。何があっても揺らがない確信があってこその信頼です。

ゆえに、「信用」は独りよがり、「信頼」は結びつきの言葉であるともいえるでしょう。「信頼」はそれだけ深い関係にある者同士で使える言葉です。

 

深く相手のことを知って「信用」できるようになれば、折角ならその信用を相手に見せてあげて「信頼」できる仲にできればいいと思います。

 

みなさんは本当の意味で信頼できる人はいますか?