Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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「ありがとう」の多い人は幸せな人

みなさんは普段から「ありがとう」と言っていますか?

 

「ありがとう」は相手への感謝の意を示す言葉であり、自分が「ありがとう」と口にすることで嬉しく思うのは「相手」であると思う人が多いでしょう。

それは全く間違っていません。自分が相手のためにと行ったことに対して相手から感謝されるのは、自分の気遣いが認められ報われたと感じるので当然嬉しいものです。「ありがとう」と言われて嬉しい気持ちを持たない人はいません。

 

しかし、「ありがとう」は「相手」のためだけのものではないと思います。すなわち、口にした感謝の言葉は「相手」のためでもあり「自分」のためでもあるということです。

 

人が「ありがとう」と言葉にすることは「相手が自分に対して何かをしてくれた」からです。ゆえに「ありがとう」の数が多ければ多いほど、自分が誰かに何かをしてもらった数も多いということになります。つまり、日ごろから多くの「ありがとう」と感謝の意を言葉にしている人は、それだけ誰かに支えられ助けられているということです。自分の普段の「ありがとう」の数を数えてみれば、自分がどれだけ周りに助けられているかが分かります。誰かに支えられているということが分かれば、人は自分が幸せだと感じることができます。

自分の言った「ありがとう」の数が多いほど、「自分は幸せだ」と感じることができます。ですから、「ありがとう」は自分のためでもあるのです。

 

「でも、自分はそんなに『ありがとう』と口にしていないから幸せが感じられないな」と落ち込む人もいるでしょう。でもよく考えてみればどんな人でも、自分の周りに「ありがとう」と言える場面はそこらじゅうにあるのではないでしょうか。

買い物でお会計をしたとき、前の席の人がプリントを回したとき、ファミレスでウエイトレスが料理を運んできたとき、暇なときに友達とメールをしたとき、郵便受けから新聞の朝刊を取ったとき、朝「おはよう」と声をかけられたとき・・・

これらはすべて些細で何気なく当たり前のことです。しかし、よく考えると誰かが自分に対して何かをしてくれています。それなのに当たり前のことを当たり前だと受け流してしまっているのです。当たり前のことでも「誰かが自分に対してしてくれたこと」だと気付くことができれば、それに対して「ありがとう」を言うことができます

ですから、自分の日常を振り返ってみて、当たり前のことを当たり前だと思っていないか一度考えてみるといいと思います。考えてみると、意外と自分はいろんなことを誰かにしてもらっているのだと気付くことができると思います。「ありがとう」と言う言葉を言う場面がそこらじゅうに転がっていることに気付けるでしょう。

見過ごしていた当たり前のことに気付くことができればしめたもの、あとは、それに対して「ありがとう」と言うだけです。そうすれば、以前よりも「誰かに支えられている幸せ」を感じることができるようになるでしょう。

 

自分が誰かに何かをしてもらったと思ったなら、それがどんなに小さなことでも躊躇わず「ありがとう」と言葉にして伝えてみたらどうでしょう。きっと自分も相手も幸せな気持ちになるはずです。それが積み重なっていけば、何事にも代えがたい幸福に包まれることでしょう。

「ありがとう」は言った方も気持ちがいいし言われた方も気持ちがいい。これほど素晴らしい言葉はないと思います。すがすがしさしか残らないこの言葉が世の中に溢れれば溢れるほど、その世の中は素敵なものであると思います。

 

「ありがとう」は相手のためであり自分のためでもある。この世の中がたくさんの「ありがとう」が聞こえてくる世界であったらいいなあと思います。

 

もう一度尋ねます。みなさんは普段から「ありがとう」と言っていますか?