Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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「協力」の大切さを教えるときは

一丸となって協力することの大切さを説く際に、こんなことをよく耳にします。

「ここに1本の矢があります。これを折ろうとすると、いとも簡単に折れてしまいます。しかし、矢を3本にするとどうでしょう。力を加えてもなかなか折れません。そうです、1人では力が及ばなくとも、みんなが一丸となって立ち向かえば強固な力となって、目の前の相手を倒すことができるんですよ。」

僕はこれを聞くたびにある点についてツッコミたくなります。「3本でも折れる力を加えたら結局折れるんでしょ?」って。

1本がダメなら3本で。その考えは良いけれど、3本でも歯が立たないほどの力の前には屈するしかない。結局強大すぎる力の前には束になっても無意味なんでしょ。そう思ってしまいます。

 

協力することは目の前の試練を乗り越える上では大切なことだけれど、それが無意味になることもあることを見ぬフリしてその大切さだけを教えている大人は多いのではないかと思います。

 

みんなで協力して勉強しあったのに誰もいつも一人で勉強している学年1位のあいつに勝てなかった。

みんなで一丸となって強豪私立の高校と戦ったのに、いともあっさりとやられてしまった。

そんなときに思い浮かぶのは「今までの団結は何だったんだ」という絶望感です。「みんなでやれば大丈夫!」と意気込んでいただけに、その心意気をへし折られたときの絶望感は一人の時よりも相当大きいです。

そして、「こんな思いをするなら他人と協力したくない」と思ってしまいます。

ここまで想定して「協力は大事だ」と教えている人は少ないのではないかと思います。

 

無論、人一人の力はちっぽけなもので、協力することは必要となってきます。他人と協力することで目標に到達したときは一人の時よりも格段に得られるものや喜びは大きいです。しかし、失敗したときの挫折感も大きい。協力することはハイリスクハイリターン、両刃の剣です。

このリスクの面を教えないで協力の大切さを教えるのは、紛い物の商品を売り込みに来るセールスマンみたいなものです。いいところだけを伝えて相手をその気にさせる。「なんで教えてくれなかったんだ」と後悔されても遅いのです。

 

「協力すればきっと勝てるよ」なんてのは無責任な期待です。現実は協力しても負けることだってたくさんあります。むしろそっちの方が多いです。無責任な期待をかけられてきた人が負けてしまうと「協力なんて」と否定的になってしまいます。

 

大切なことは、協力して得られる喜びはリスクを追ってでも追い求める価値があるということをしっかり伝えることだと思います。「いくら協力しても負けることだってある。でもその過程で得られるものだってたくさんあるし、もし勝てることができたら負けたとき以上に何か感じられるものがあるはずだよ。」そう教えてあげることが、集団を育てる上で重要なことの一つではないかと思います。