Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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ありがちな「不倫肯定論者」に対して思う事。

近年、晩婚化や未婚化が頻繁に話題に上り結婚に対する意識が変わってきています。一生独身を貫く人も増えてきた中で、アラサーになっても独身でいることに強い危機感を感じて日々奔走している人もいます。結婚は人生のステータスの重要な部分を占めています。

 

色々結婚に対する価値観はありますが、その中に不倫を肯定する者がいます。

「日本に何千万人も異性はいるのに、そのうちたった一人しか愛すことができないなんて窮屈でしかたない。これだけ異性が居たら気になる人が複数いたっておかしくないでしょう。」

主にこういった理屈で不倫は一つの認められるべき選択肢であると主張する人がいます。

その人たちに思う事があります。「じゃあ結婚しなければいいんじゃない?」と。

 

そもそも結婚とは何のためにあるのでしょうか。

 

子孫を残すために結婚するというのなら犬や猫など、他の生物種にも「結婚」をするように進化するものが出てきてもおかしくはないはずです。しかし、世界中見渡せどはっきりと「結婚」が確認できるのは人間だけです。ここから、結婚は子孫を残すための必要条件ではないことが窺えます。子孫を残したいと思ったところで結婚などは本来必要ないのです。

ということは「結婚」という習性を持つ唯一の生物である人間のみが持つものの中に、「結婚」が存在する理由があるということです。人間だけが持つもの、それは「文化」であり「社会」です。ここでいう社会とは「コミュニティ」という意味だけでなく「システム」という意味も含みます。食べる寝るなどの生物が最低限必要な事象以外に生きる意味を持ち出し、それを流布する仕組みを構築したのが人間です。

つまり、「社会」でよりよく生きていくために作られた制度が「結婚」であるということになるかと思います。

結婚の内容については僕は全く知りませんし、他にもっと詳しく結婚の「システム」について書いている方はいるので、僕が書いたところで何の意味もないので書きませんが、少なくとも「結婚」は「生物が本来持っている欲求にしたがって生まれたもの」ではなく「人間社会を構築する上で制度として存在した方がよいとされ人為的に作られたもの」であるといえるのではないかと思います。

 

ここで不倫肯定論者の意見をざっくり見てみると、「人は複数の人を愛することができる」とか「一人に束縛されるのは不自由だ」と言った意見が目立ちます。「愛する」や「自由」を求めることは人間の生得的欲求、もって生まれた欲求です。しかし先ほど述べたように、結婚は社会的に制度化されたものであり、それを欲することは二次的欲求です。したがって、愛や自由を持ち出して結婚ひいては不倫について語ることはナンセンスであると言えるでしょう。

結婚に愛や多少の自由が必要なのは分かります。ただし、愛や自由を理由として、結婚もしくは結婚から生じる不倫や離婚などについて否定や批判をすることは、まったくもって理由になっていないと思います。結婚は愛を必要としますが愛を育むために存在するのではないはずです。社会的恩恵を得られるためや一つの集団を作ることにより社会的地位を高めたいとするために結婚は存在します。愛以外のなにかで両者の利害が一致してこそ結婚はするのです。何度も言いますが愛だけなら元々結婚など要らないんです。

 

結婚の起源が生物的でなく社会的である以上、そこに共通認識・決まりがあるのは当然です。結婚は愛する男女が生涯寄り添って生きていくことが前提である。これは真理ではないですが、今の世の中にこういう思いを持つ人が圧倒的多数であることは事実ですからそれが正解です。社会的に作られた正解を「それは社会的に作られたものだから間違っているかもしれない」と反論するのはおかしいです。社会的制度は圧倒的多数の意見を正解とみなします。

 

「一人に束縛されるのは不自由だ」とかいう人は、何も考えずただ「愛したから結婚した」と場や雰囲気に流されて結婚しただけです。知らぬ間にだろうがなんだろうが前提を受け入れているのですからそれを愛だの自由だのをほざいて反論しても今更何言ってんだという話です。「結婚すればその男女は一生一緒」というセオリーは知らないはずがありませんから、それでは「じゃあ結婚しなければよかったじゃん。何も考えていないあなたが盆暗だっただけでしょう」と思ってしまいます。好きの感情に流されて結婚してしまって、後から結婚の意味と面倒くささに気付いた人のつまらない言い訳にしか聞こえません。「僕はまだ結婚してませんが?」という人もいるでしょうが「不倫」という言葉を使っている以上、先ほどの前提をクリアしていることが前提となっているので同じことです。

 

不倫について肯定か否定かは今回は書きませんが、結論は「不倫について肯定するならば社会的視点から見て肯定しなければ肯定にならないのではないか」ということです。

愛とか自由が保障されないから不倫はOKというのでは、不倫否定者を納得させることはできないと思います。愛や自由は主張としては聞こえはいいですが、時には空回りします。大切な要素ではありますが、万能ではないことを覚えておく必要があると思います。

 

ちなみに、結婚に愛や自由は要らないと述べましたが、それは「必要条件でない」という意味であって、決して自分が愛さない人とも結婚できるという訳ではないことはご理解くださいね。やっぱり結婚するなら愛する人としたいですよ。