Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

「期待」は抱かないが「希望」は抱く。

僕の108つあるポリシーの一つに「期待を抱かない」というのがあります。

こうなってほしい。こうであってほしい。そういった期待感はあまり持たないようにしています。

 

というのも今までの人生、振り返ってみれば自分の期待通りになったことは非常に少ないです。

 

「テストで今回は満点取れた!」と思ってもあと2点足りなかった。

「今日はヒット打てる気がする!」と思っても全く振るわなかった。

「宝くじ15枚も買ったから当たるだろう!」と思っても5等すら当たらなかった。

「誕生日のプレゼントくれるかなー」と思ってもおめでとうすら言ってもらえなかった。

 

人生はそんなことばっかりです。期待通りに物事が進んだことなんてほんの一握りです。期待なんて裏切られるのが常です。

ですから「こうなってくれたらいいのになあ」なんて期待はあまり大きくは抱かないことにしています。「どうせうまくいかないだろう。」そう思っていた方が気が楽です。期待通りに行かない前提で物事を進めていけば受けるダメージは少なく済みます。もしうまくいったときはラッキーです。棚から牡丹餅で、少しお得感が出ます。

 

「そんなのつまらない」なんて自分でも思ったりしますが、そう言えるほど人生は劇的ではないです。この世界は漫画や小説とは違います。基本的にこの世の中は平凡極まりなくて、何の変哲もなく、薄っぺらいものです。うまくいく方が稀です。

何回も期待に裏切られ続けるくらいならいっそ高望みはしないほうがましです。

 

僕はハイリスクハイリターンよりローリスクローリターンを望みます。もっと言えばノーリスクが良いです。それほど、リスクというものを恐れ、それに見合った恩恵を被りたいと思う性格なのです。

それほどのリスクを負ってまで目の前のものは期待できるものなのか。常に損得勘定で物事を考えてしまうのです。刺激はないけれど傷つきもしない。それでいいです。傷つくことが何より怖いのですから。

 

ただし、僕の中で「希望」と「期待」は異なります。希望は「自分がやったる!」と主体的な望みですが、期待は「誰かやってくれ!」という他人任せな望みです。

どちらが良いとは比べられませんが、意味合いとしては全くの別物です。

 

そういう意味で、期待を抱くのが少ない代わりに僕は希望は人一倍持っていると思います。

「こうしたい」「こうなりたい」といった自分がこうでありたいという欲求はほかの人よりも多い自信があります。

 

ですから将来の夢については、「教師になりたい」という希望は抱いているものの「教師になれるかもしれない」という期待は抱かないようにしているという、難しい思いを持っています。これでいいのか、間違ってはいないのかと自分でも思いますが、うまいこと矛盾なく心の中で組み立てられているんですよね。

 

リスクを恐れず果敢にチャレンジできればいいんですけどそれは僕には荷が重いです。大成功なんていらない。すぐに手に入れられる小さな幸せが得られればいい。

そんな思いで日々を過ごしています。