Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

「言っちゃった」と思う事でも反省すればそれでいい。

近頃、やった直後に「やらなければよかった」とか、言った直後に「今のは言っちゃいけないことだった」と後悔・反省することが多いです。

SNSで人への文句を言うとかそんなことは思ってても公言しないほうがいい」とか自分で言いながら、「あれ?そんなこといいながら自分も人へ公言しているじゃないか」とすぐさま反省したりします。

後先考えず良いことと悪いことの分別をつけないままに行動してしまうのは基本的にはよろしくないことでしょう。

 

しかし、僕にとってはそれはある意味進歩です。

 

僕は前まで人に物を言うときは、相手の気を損ねないように、かつ自分の言いたいことが伝わるように言葉を逐一厳選しながら、結局当たり障りのない無難な言葉で伝えていました。何かするときも「最善の選択肢はどれだろう」と石橋を何度も念入りに叩きながら「これなら絶対大丈夫だろう」と確認してから実行していました。

でも、それは逆に相手に「『お前は』何がしたいんだ」と思われているということに気付きました。あれこれ気を遣って相手に合わせてくれてることはわかるけれど、それは「お前の」意見なのかと。自分が本当に思っていることのように話しているけど、本当はそれっぽく繕っているだけじゃないのかと。見た目は僕だけど実は中身は全部ほかの人のものじゃないのか、みたいなそんな風に自分が思えてきました。

 

ですから、パッと頭に浮かぶままに行動したり発言したりすることは今まではなかったです。親におもちゃをせびるようなこともなかったし、他人と喧嘩したこともなかったです。よく言えば自分を律することのできる人間ですが、悪く言えば自分が確立していない人間でした。

 

最近になってそれが疲れるようになってきました。自分を抑制するのは辛い。自分の気のままに生きたい。みんなみたいに自分の言いたいことをずばずば言えるようになりたい。そんな風に思ってきました。

自分の頭に思ったことはとりあえず言っちゃおうというテーマをもって過ごそうと決めました。

ですので、「言っちゃった」と思う事は自分の頭に浮かんだことをそのまま出せたと言うことなのでそれは進歩だと思ってます。

 

周りの目を気にして頭を巡らせてから発しても頭に浮かんだ言葉をそのまま発しても、周りの反応はそんなに変わらないんですね。「何を気にする必要があったのだろう。変わらないなら自分を出した方がよっぽどいいじゃん。」そう感じました。

 

しかし、だからと言って言いっぱなしではだめなんですね。やってはいけないことをやってしまった時「自分に正直になった結果だ」で済ませるのはいけないです。

人に嫌な思いをさせたのなら誠心誠意謝る。そしてこれは言い過ぎたから言わないようにしようと反省する。そうじゃないと野放図な為人の人間になってしまいます。それはいけないです。

 

大事なのは行動する前であれ後であれ、しっかりその善悪を吟味して分別を付けることです。やってしまったあとでもリカバリーは効きます。それから目を背け「別にいいじゃん」と放っておくようでは反感を買うだけです。

部屋が散らかったらどれだけ汚くても片づければそれでいい。それと同じで言ってしまったら散らかったままにせず、ちゃんと反省すればそれでいい。強がって自分を正当化しないようにしたいですね。

 

間違いを犯してもそこから挽回できるのが人間です。