Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

価値観は変わるものではなく染まっていくもの

走る自転車が方向転換する方法は二つある。

一つはブレーキを利かせて急激に減速して一気に進路を変更する。

もう一つは体重を進路方向にかけ、大きく旋回しながらゆっくりと進路を変更する。

 

考え方や価値観を転換する際も同じである。

新しい価値観や考え方に出会ってそちらに移りたいと思ったとき、その方法は二つある。

一つは今までの考え方にブレーキをかけ今までの邪念を振り払ってから、新たな価値観を吸収して自分のものにしていく。

もう一つはなりたいと思った価値観の方へ身を預けながら、少しずつ新たな考えに染まっていく。

 

手っ取り早いのは前者であるが、それには非常にエネルギーを必要とする。一度ブレーキをかけて減速してそこから更にスピードを上げなければいけないから。

自転車ならば漕ぐのをやめさえすれば減速はするが、価値観の場合は考えるのをやめたからと言って価値観もなくなるわけではない。今までの価値観を消し去るのには労力を必要とするし、新たな考えを導入するときにもまた労力を使う。

 

そもそも価値観は消し去られたいものではない。上からクレヨンで塗りつぶされるのではなく、それ自体が色が変わっていってほしいものである。

だから今までの価値観を押しつぶそう・忘れようなどとしてはいけない。というか勿体ない。

 

緊急性を要する場合は無理矢理でも変わらねばならないだろうが、そうであっても今までの価値観はなかなか拭えないし、新しい価値観はなかなか身に付かない。エネルギーを浪費するだけである。

だったら価値観を変えたいならば身を預けてゆっくりと変わる変わり方をしたい。宵の暗い風景から段々とお日様が上り明るくなっていくように、価値観も頭に叩き込むのではなくじんわりと浸透していくようでありたい。

 

要するに、価値観なんてのは変えるには時間がかかる。だったら無理矢理そうなろうとするのではなく、時の流れに身を任せようではないかということである。

「考えるんじゃない、感じるんだ!」とか「習うより慣れよ」という風に言われるが、そんな感じ。

頭で理解しようとして自分自身に価値観という絵の具でペイントすると息苦しくなる。そうではなくて、価値観はじっくりと咀嚼し味わってから、吸収して内側から新しい価値観の色を出していくそんなイメージ。

 

価値観は変わっていくものではなく染まっていくものである。