Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

交流する人を自分の人生に「価値」があるかないかで決めるのは寂しい

ちゃらんぽらんな学生に好かれるくらいなら人生経験豊富な大人に好かれた方がいいと言って、年上の人とばかり交流している知り合いがいます。

その人はまるで同世代の遊んでいる連中には(少なくとも仕事をバリバリこなしている社会人よりは)仲良くする価値がないのだといった口ぶりで、大人の人との交流の良さを語るのです。

 

でもそれって、強がりなんじゃないのかなあと思います。大人の人との交流しかしてない自分は、本心から大人との交流が好きなんだろうと言い聞かせているように感じます。その理由として周りの学生とは合わないからだろうと結論付けているように思います。

 

そもそも、友達とか好きになる人なんてのは、自分の人生にプラスの影響を与えるから選ぶのではないはずです。選んだ結果自分の人生に色を付けてくれる存在となるものだと思います。

彼が同世代の人と話が合わないのが、自分の人生に価値がある人かどうかで判別しているとしたら、それは友達の探し方としては好まれないことだろうと思います。

自分を成長させてくれるから友達で成長させてくれないから友達じゃない、なんてのは寂しい気がします。

 

人と交流を深めたいと思うのは、自分に何かしら与えてくれるからでは無くて、単純にその人が自分と合うと思うからでしょう。

彼はたまたま自分に合う人が年上の人だっただけで、別に大人は自分を成長させてくれるから年上の人と交流しているのではないはずです。

 

学生には学生の良さが、社会人には社会人の良さが、同世代には同世代の良さが、異世代には異世代の良さがそれぞれあるはずです。

だから、社会人と学生を「こっちはよくてこっちは要らない」と比べる彼は、少し見当違いな考えを持っているか、それは分かってはいるが学生の友達がほしいけどいないためにそう主張することにしたのかのどちらかだと思ったのです。

前者であれば断固間違っていると主張したいのですが多分そうではないでしょう。

おそらく後者であろうと思います。

 

だったら、学生には仲良くする価値なんてないと強がってないで、自分から歩み寄って欲しいなと思います。

「大人と仲良くしてこういういことを学んだんだ。それを同じ学生の君たちとも分かち合いたい」というように、自分の強みをアピールして望みを手に入れるようにしてくれればなと思います。

自分の境遇は言い訳にしないで、自分の境遇を道具にするようにしてほしいと思います。その方が見ていて気持ちが良いです。

 

と、ここまで書いて、自分にもそういう傾向があるなと思いつつ続きを明日に書こうと思います。今日は特に乱文でしたね。すみません。