Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

「人を馬鹿にするなら自分がやってから言えや」と批判して相手が実際にできてしまったら、その説得力は皆無になる。

youtubeなどの動画を見ているとそのコメントに「こんなつまらんネタばっかり作るような奴は消えろ」とか「へたくそはプロなんてやめちまえ」といった中傷コメントが多く見られますが、それに対して「お前何様や!そんなん言うならお前がやってみろや!」と抽象コメントに対する批判をする人がいます。

これって正論ではありますけど、意見としては脆いですよね。

だって「やってみろや!」って言って相手が実際にやってしまったらお終いですから。

 

「何もしてないお前が偉そうにすんな。野球なんてしたこともないお前がプロの選手を愚弄するなんて酷すぎる。知ったような口はお前がホームラン打ってからにしろや。」

なんて啖呵切って相手が本当にホームラン打ってしまったら、その説得力は皆無になります。

こうなってしまえばそれ以上追及することはできません。何も言えなくなります。

 

他人への中傷に対して批判をしている人はこういった自ら墓穴を掘ることを想定しているのでしょうかね?

どうも目の前の悪事を修正しようとすることに対し短絡的である気がします。俺の意見に間違いはない、と粋がっているような感じがします。なんとなくですけど。

 

その意見は頑丈なようで意外と脆い一枚岩であることを気に留めておいてもらいたいところです。