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ブログを読んで思ったこと-「大切」を大切に。 癒し系男子さんのブログ-

購読していていつも深い内容で考えさせられるこちらのブログなんですけど、昨日のこの記事を読んで思ったことがあったのでコメントで返そうとしたのですが、意外と長くなりそうだったので引用して記事とします。


ホリエモンとビジネスとしての家事。 - 「大切」を大切に。

 

元々必要としていなかった「家事」に対して社会が介入する風潮になっていくのは、社会が荒んでいるからでもありますが、逆に社会がある程度豊かになったからこそ「あれもやったらいいんじゃない?」という欲求が芽生えたからとも考えられるように思います。(ここで言う豊かとは単に経済的にゆとりができたという意味だけでなく、女性の社会的地位の向上のような社会的期待が実現されたという意味で使っています。)

だから本来各家庭で行われるべき「家事」がビジネス化するのは問題だ、とは一概には言えない気がします。

 

そもそも「本来家庭ですべき」ことってなんだって話にもなりますし。

家事は本来家庭ですべきだから家事をビジネスとすることは問題といえる。

じゃあ介護はどうでしょう。介護は本来家庭ですべきだから介護福祉士がいることは社会的に問題ですか?そういう捉え方もできるでしょう。

それなら塾だったら。学校以外の勉強は本来家庭ですべきだから塾があることは社会的には問題でしょうか?

それじゃあ保育所は?郵便は?外食業は?風俗は?温泉は?

 

よくよく考えると普通に受け入れられているビジネスには家事と同じように、元々は家庭や地域のコミュニティーで成り立っていたものについて「あるといいよね」精神で立ち上げられたものが多く見られるように思います。

 

ですから私たちの生活が社会に消費されてビジネスとなることは皮肉でもありますが、ある意味当然の流れといってもいいと思います。

 

ただ、確かに「僕にとっては」それは幸せではないですね。僕も家事を通してのコミュニケーションは大事にしたいですし。

ですがそれを幸せと思う人がいることも事実として認めなければいけない。そういう人がいないならそもそも「家事代行業者」なんて考え方も出ませんしね。

それならば、家事代行業者のような「家庭ビジネス」の存在意義は十分にあると思います。

 

望まないことはそれが当たり前になること。「あったらいい」として始まったビジネスを「なくてはならないもの」として受け止めること。これは避けたいところです。

家事代行業者だけじゃない。介護も塾もあったらいいかどうかは個人が決める。幸せかどうかは個人が判断する。決して導入した方が万人に幸せになるという考え方は持たない。

こうなるとビジネスが社会を飲み込む事態になってしまうように思います。

 

「そんなとこまでビジネスが介入するの!?」ということには疑心暗鬼になるのも分かりますが、それが出現した理由を知り、そのビジネスの本質をしっかりと見ること、見極めることが大切だと思います。