Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

「幸せ」とは相対評価

今の自分が幸せと感じるためには他人や以前との自分の不幸せさを基準としなければならない。

だから何不自由なく育てられた人は自分が幸せとは感じない。

幸せとは結局のところ相対評価である。

 

水道工事で水が使えないと不満を垂れていると「世界には安全な水をろくに飲めない人だってたくさんいるのよ。今のあなたは幸せだと思いなさい。」といわれる。

でも「安全な水が飲めること」は幸せかどうかは人によって異なる。文明が進んだ日本のようなところでは当たり前のことだし、貧困国の難民にとっては喉から手が出るくらい欲しいもの。受け手によって感じ方は異なる。

だから、我々と貧困国の人たちの幸せを(悪いけれども)同じ土俵で比べることは何の価値も説得力もない。

 

幸せを幸せと感じたいならば「何と比べて」幸せなのかをはっきりさせたいところである。以前の自分か、古くからの親友か、遠くに生きる貧困層か。それにより感じる幸せの程度は異なってくる。

 

今の自分が幸せではないと感じるならば、その「基準」について考えたいと思う。

「なんとなく今は幸せじゃないと感じる。」それならば「何が達成されればお前は幸せになる?」と自問したい。

達成できそうなことなら頑張ればいい。自分の方が良い方に変わることで直接的に幸せだと感じられる。

達成できなさそうなら基準を変えればいい。「これができるだけでもましだ。」と基準を下げることで自分は何もしなくても相対的に自分は幸せと感じられる。

 

大事なのは「こうだから幸せじゃない!!」と嘆くことには意味がないということである。就職に失敗したからって生きているだけでも十分幸せだろう。そういう考え方に持ち込める人は、どんなに辛くても幸せな人生を送れるのでは無いかと思っている。

 

常に「どうあれば自分は幸せなのか」を考えておくとよいのだろうと私は思う。