Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

教育実習を終えて。

お久しぶりです。nockです。

先週まで3週間の教育実習を行っておりまして、更新をご無沙汰していました。

一人暮らし先に帰ってきたので、また通常営業で行こうかと思います。といっても気まぐれですけれど笑

 

さて、先週までの教育実習ですが、感じたことと言えば「自分の教育像・教師像は理想なのかなあ」という事です。

僕が教師になりたい理由は専ら「高校生に有意義な高校生活を送ってもらいたい」という思いがあるからです。大人になって「ああ、高校生活は最高だったなあと思える人が一人でも増えてくれたらいい。そういう願いがあります。

正直社会に役立つ人間を育てるとか、集団の中での規律を身に付けさせるというのはあくまで副産物的な位置に置いています。ですから、「進学校だからお前ら平日3時間勉強しろよ」なんてのは、なんとなく僕の理想にはそぐわないのです。

 

僕の実習先は進学校だからか、とにかく学校生活が入試に向けた勉強でした。

とにかく教科書を進める。授業は演習を行うのも多い。平日は3時間、休日は5時間の家庭勉強は必須だといって毎週家庭での学習時間調査をする。

なんとなく、ゴールが入試であるような雰囲気を感じました。

 

しかし、それらが本当に生徒にとって意味のあるものなのかという単純な疑問が学校現場に感じました。

学校の目標とか理念があるから生徒はそれに見合った行動をしなさい、みたいな暗黙の上から目線を感じるのです。

そもそも、先の学習時間調査なんか意味あるのかって感じです。日中学校でたらふく勉強してるのにかえっても3時間なんて、みんなしてるわけないでしょう。絶対水増ししてますって。そんな調査を見て「ふむふむ」とか言ったって何の意味があるんですかって感じです。

学校側は生徒が学校の所望する行動をとることに自己満足を覚えるものなのだろうかと思いました。というよりかは、実習前から感じていたことが「やっぱりそうなのかなあ」と実感した感じです。

 

そうじゃなくて、僕はもっと生徒個々にスポットを当てた教育をしたいのです。個人を集団色に染め上げるのではなく、個性を混ぜ合わせたら集団の色になっていくようなイメージ。

そのために、生徒個人個人と教師の枠に捉われない色んな話をし、教科とは別にまた社会で生きるために必要な能力を教え、多様な価値観を示したり引き出したりしたいです。

授業も今取り扱っているこの内容はこういう力を身に付けてほしいんだということが生徒に伝わるような教え方をしたいです。

 

ですが、現場の教師はそこまで達していない。というよりかはそこまでする余裕がない。そう感じました。

社会で知識がどういう風に使われているかを伝える前に、まずは教科書を進めないといけない。

生徒と込み合った話をする前に、テストの採点を済ませなければならない。

部活で心技体のいろはを教える前に、会議の資料を作らなければいけない。

とてもじゃないけど、生徒個人個人と深く深くかかわる余裕はない。

そんな感じでした。

 

多分先生方も時間があるならもっと生徒話したい。もっと生徒で社会で生きるコツを伝えたい。そう思っている。

けれど現実はそこまでできない。そこまでやっていてはパンクする。

朝は7時半に出勤し、夕方は7時過ぎまで残る先生はざらにいる。残業代は出ない。部活手当は雀の涙。初任の先生なんか特にヒーヒー言ってました。

 

なんとなく、生徒も教師も「生徒と教師の関係」を壊さないように妥協しあっている感じがします。もっと「一人と一人の関係」を築きたいのに。

 

ですから、今思うのは「中途半端にしか自分のやりたいことができないような教師の道よりは、もういっそ心機一転新しいことを企業でやった方が良いのでは??」という事です。「ホントはこうしたいのに・・・」なんて腑に落ちないまま教育を行うよりかは、一から役割を作りたいのかもしれません。

 

教師はあくまで公務員ですから、学校あるいは教育界全体の枠にそぐわないといけません。けれど僕のやりたい教育は型にはとらわれない多様な人生選択の手助けです。

こういう理由があって、教職に足を踏み入れるのは憚られます。

 

ま、どういう道に進むにしろ与えられた立ち位置はしっかりこなす人だと自分で思っているので、教職にしろ企業にしろ、職務を全うすることはできると思っています。

なのでとりあえず、教採も企業も受けて、受かったのをみてから自分の行きたい道に進みたいと思います。

 

兎にも角にもまずは受からないと話になりませんけどね笑

頑張ります。