Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

期待が重圧となっている。

周りの人はみんな僕のことを期待する。親も先生も友達も、みんなが僕の将来に応援してくれる。

それが有難いことであるということは重々承知している。しかし、だからこそ僕は僕のための選択をなかなかできないでいる。

 

他人に気を配るのが常だった。周りの声に応えようとするのが僕の拙い青春時代の生き方だった。

「みんなが僕に期待する。だから僕はそれに応えなければならない。」

こうした強迫観念に勝手に縛られていた。

僕は生きているのではなく、生かされている。そう思うほど、自分の行動に責任を持たなければいけないと感じて他人に合わせてきた。

 

大学4年になって卒業後の自分を模索していく中で、自分にとって最善の道は何かをずっと探し求めている。その時に、周りからの期待・応援・心配がひどくプレッシャーとなっている。

期待してくれるのは嬉しいことだけれど、その期待には応えたくないと思う自分がいる。他人に合わせる行動選択はしたくないと気付き始めた。他人からの期待に対する責任感や罪悪感から逃れたいと思った。

自分が行動する理由を他人に言われたからとしたくはないと思った。

 

だから、一生懸命自分の欲と向き合ってそれに忠実に過ごしたいと思った。

だけれど他人の期待に応えようとばかりしてきた僕は、僕の選択に自信が持てないでいる。本当にこれは僕が望んでいたものなのだろうかと、日々自問している。

 

自分の選択を自分の中で完結できるのならこれほど悩まない。自分がバカだったなで終わる。

しかし、どんなに周りの期待を無視して自分が勝手に選んだ道に行こうと、僕に幸せな人生を送ってほしいと応援してくれる人はありがたいことに大勢いる。だから、自分がもし間違った選択をしてしまったら、確実に罪悪感を感じる。それ故に、今必死で考えざるを得ない。

 

だったら、周りの期待に応えるように振る舞った方がいっそのこと楽なんじゃないかと思ったりもするけれど、それでは僕の人生を生きている感じはしなくなる。

 

期待なんてなかったら良かったのにと思ったりするけど、やっぱりそれは寂しいなって思ったりもする。だから難しい。

とりあえず今は、期待されるだけお前は幸せ者だと言い聞かせてもがくしかないのだろうと思っている。