Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

「何を」言ったかではなく「誰が」言ったかの方が影響を与えるのはいかがなものか

世間では「何を」言ったかではなく「誰が」言ったかの方が影響を与える場合が往々にしてありますね。

 

「遺伝子組み換え食品は~の理由から安全だと言えます」

この言葉を一介の地方民である僕が言うのと有名な管理栄養士の方が言うのとでは、どちらの方が信憑性があるかというと、おそらく誰もが後者と答えるでしょう。

また、この言葉を遺伝子組み換え食品を製造する会社の社員が言ったとすると「お前は遺伝子組み換え食品作ってるんだからそりゃ安全って言うだろ。」と理由には見向きもされないのではないでしょうか。

 

結論やそれを導く論理的な理由がすべて同じでも、誰が言うかによって大きく受け手の捉え方は異なります。

これは当然のことです。地位や身分、性格や容姿など発言の背景に何があるかを踏まえ、より説得力のあるほうの言う事を聞こうとするのは当たり前のことです。

 

しかし、背景にばかり気を取られて肝心の発言の中身が全く汲み取られていないのに行動を決定してしまうことは全く違います。「あの人が言うから間違いないんだ」と考えるのを放棄して従ってばかりいる人は多くないでしょうか。

 

説得力の有無を、話の論理性・整合性・正当性よりも発言者のカリスマ性で判断していては大事な判断を見誤ります。

著名なアイドルが言う頓珍漢な賛成意見と駆け出し直後の名もない芸人が言う鋭い反対意見とで、アイドルの意見ばかり採用するような世の中であれば、いずれこの国は破綻する気がします。大袈裟ですが。

けれど、周りを見れば結構こういう人は多いんじゃないかなと思います。

 

人の意見で大事なのはまず話の中身。その次に背景である職業や性格、前科や経歴などその人の特質を踏まえるのがスタンダードでしょう。中身を全く聞かないのに「あいつが言う事だから」といって善悪や正誤を判断するのは、ちと間違っているのではないですか?。

「あいつが言う事ならば俺は絶対信じる」なんてのは嫌いではないですが、いつか足元を掬われます。その人だって間違う事だってありますしね。

 

言いたいことは、防災ポスターは美少女にばかり囚われてないで何が書いてあるかしっかり読みましょうねってことです。

物事を判断する際は論理的妥当性があるかどうかきちんと吟味する。それが、自発的に社会を形成する”大人”と言うものではないでしょうか。

前に出た者が右を向いたら右を向き、左を向いたら左を向く。こんな滑稽なものはありません。前に出た者が右を向こうが左を向こうが、自分の目は前に出たものに向いていなければ、真の判断はできません。

 

人の意見は「何を」言っているのか、しっかり聴いてから判断しましょう。