Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

二極化したがるけれど三つ巴にはしたがらない

人は物事を二極化したがるけれど三つ巴にはしたがらない生き物だと思います。

 

「〇〇君ってさ、あの娘のこと好き?嫌い?」

「えっ、別に嫌いじゃないけど・・・」

「じゃあ好きってことなんだね!!」

 

こういう会話、しばしば耳にしませんか?

「どちらでもない」なんて言うと「どちらかというと?」って常に白か黒で決着を付けようとします。

「好きとも嫌いともいえない非常に繊細な気持ち」なんて真面目にいうと「真面目に答えてよー」と真面目に返されます。

 

世の中の連続した事象はそれぞれすべて異なりますが、それらを分類したくなる気持ちは分かります。特に人の感情は多岐にわたり、それらを明確化するために「自分の気持ちに一番近いものはこれだ」というものを見つけ出すことは往々にしてありますし、そうしたくなります。

けれどなぜだろうと思うのが、当てはまる一番近いものの選択は殆どの場合2択なんですよね。

 

好きか嫌いか。明るいか暗いか。大きいか小さいか。

青いか赤いか。イヌかネコか。理系か文系か。

 

前半の三つは二つの相反する事象、いわば一本の線の両極端のどちらに近いかを選択するものですから分かります。

しかし後半の三つは正反対の事象というわけではありません。ベクトルの角度が違うだけです。

最後の理系か文系かなんてよく考えられるでしょう。こんなん理系でも文系でもねーよ、みたいに。それなのにわざわざ理系・文系のどちらかのくくりにされます。

 

第3の選択肢があっていいはずなのに、なぜか二つに分類されます。

別に二極化が悪いという事ではないですけど、項目は二つにピシッと分けられるほど単純なものばかりじゃないはずなんだけどなあと思います。

もうちょっと選択肢に含みを持たせられん?って聞き返したくなる問いが結構あるよなあとふと思った次第です。