Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

自分の価値観を表現する場所 

失敗が成功より人を成長させるのではなく、その後の行動が人を成長させる鍵である。

僕は元来、石橋を実に念入りに叩いて橋を渡ってきた人でした。すなわち、失敗しないように慎重に事を進め、成功すると言う確信が持てたときに「よし、やろう!」と計画を実行してきました。

失敗を避けに避けて来たわけですが、そんな僕を見る周りの人は訝しげな眼を向けてこう言います。

「もっと失敗しないと」って。

 

「失敗は成功の素」とか「失敗することで成功への道が開ける」とか言うし、失敗は決して悪いものではない。だから落ち込む必要はないんだ。失敗はこれからの人生の大きな財産なんだから。

こういって、失敗を美化する声をよく聞きます。

 

確かに、失敗は成功への大きな糧です。失敗してもそこから学び得ることはたくさんあります。「これじゃだめなら、次はこうしてみよう。」とダメな選択肢を一つずつ消化していけば、いずれ正しい道にたどり着きます。

失敗は自分を強く逞しくしてくれます。

 

しかし、失敗しないことが失敗をたくさんすることよりもつまらない人生だという風潮を感じることには疑問視してしまいます。

 

「たくさん失敗してきたからこの人はこんなにも人として大きく成長したんだ。だから失敗はした方が良い。」

こういう声をよく聞きますが、いつもこう思います。彼は失敗が多いから成長したのはなく行動の数が多いから成長したんのではないのか、って。

 

同じ行動量なら失敗があるよりも全部成功した方が豊かな気持ちに絶対なると思います。できるなら失敗はしない方が嫌な思いもしませんし、楽しくなるに決まってます。

失敗した方が豊かに見えるのは、その分行動量が多いため。同じ目標・ゴールに対して、成功した人は1回だけの挑戦だけれど、失敗する人は何回も何回も挑み続ける。その間に成功した人は何もしないから、失敗した人の方が豊かに見えるのです

 

失敗が成長させてくれているようにも感じるが、そうではありません。失敗した人が同じ目標に挑んでいる間に成功した人が別の物に挑戦して成長したら、その人の方が格段に幸せ度や人間としての大きさは大きいでしょう。

 

結局何が言いたいかというと、成功や失敗の出来事自体が私たちを成長させるのではなくて、そのあとの行動が成長させるのであるということです。

成功してもそれで満足したら、失敗してそれで諦めたら、それ以上の進展はありません。失敗の数が多いから彼が立派なのではありません。行動の数が多いから彼は立派なのです。

「失敗は成功の素」というよりかは「行動は成功の素」です。

失敗は行動の機会を与えているに過ぎないです。成功しても自分から新たなものに行動していけるのなら、常に成功し続ける方がよっぽど楽しいはずです。けれど、失敗しないなんてことはあり得ませんから、そのときにどういう心構えでいた方がいいのかいうのが、「失敗を糧に」という教えなんですね。

失敗することがいいというわけではないことを念頭に置きながら、行動することが大事なんだと言い聞かせ、目の前の成功・失敗に一喜一憂しながら成長していきたいと思うのです。