Knock our Heart -nockのひねくれブログ-

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「なんとなく」の人生は充実しないなんて誰が決めたのか

人は誰しも充実した人生を送りたいと思うものです。これには否定の声はそう上がらないでしょう。

そこで、世の中には「充実した人生を送るために」と謳った書籍が山ほど出版されています。また、親から、先生から、上司から、充実した人生を送るためのノウハウをこれでもかと教わってきた人は多くいることでしょう。

その「充実した人生を送る方法」で最もスタンダードな考え方が「自ら動くことが大切である」ということです。

 

夢も目標も持たず、ただなんとなく日々を享受するだけの人生は無味乾燥でつまらない。多少大変なことに足を突っ込むことで、やりがいや達成感が感じられ、充実した人生が送れるであろう。

これが、多くの充実人生論者の前提です。

しかし、僕はここに一抹の疑問を抱えずにはいられません。

 

そもそも「なんとなく」の人生は充実しないなんて誰が決めたのですか?

仕事は最低限のノルマをこなし、家に帰ると部屋にこもってテレビや漫画に惚け、眠くなったら風呂に入って眠る。そんな生活が充実していないなんて誰が断言できますでしょうか。

大きな幸せを得るために万の苦労をするよりも、未来に期待せずにほどほどに過ごす中でポンと見えた小さな幸せをちょっとずつ感じる方が幸せかもしれないじゃないですか。

別に成し遂げたい野望なんてなくても、命を懸けて守りたい人なんていなくても、真っ青な空を見て「今日はいい天気だ」と思ったり、道端に咲く花を見て「きれいだなあ」と心洗われたりする。それで十分だっていいじゃないですか。

 

今読んだ本にも書いてありました。何事もなんとなくで日々を過ごしていると人生はとてもつまらないものになると。

これは恋愛の本なのですが、このことを前提にして「恋愛はした方が絶対良いぜ!」みたいに言うものですから「いやいやちょっと、前提がそれでいいんですか!?」といちゃもん付けたくなります。

 

「失敗しない人生とは失敗が多い人生だ」なんて言葉も聞きますが、僕の人生経験からすれば失敗は失敗です。反省し、そこから何かを得て今に活かされていることは間違いないですが、失敗をしたその瞬間は間違いなくムカつく瞬間で取り返しのつかない嫌な時間です。

それなら、失敗から逃げて逃げて楽な道を選んでも全く悪くはない。かえって何気ない幸せを感じる余裕が生まれるかもしれない。

 

山あり谷ありの波乱万丈な人生だけが充実しているわけじゃない。波が穏やかで、海の底まで透き通って見えるようなそんな人生も決して悪くないと思うのです。